境内の名所
方廣寺十景
下に掲げた写真は方廣寺十景で、江戸乃至は明治の初めに選定され命名されたものと思われます。
上段の左から、白崖峯、虎豹岩、羊腸岩、抱腹巌、貝葉谿(バイヨウケイ)、そして下段の左から、遊龍窟、龍偃杉、玄聖關(明治期には此の杉の手前辺りから右上方に向けて石段が在って、両側に五百羅漢の石像が立ち並んでいて、その石段の辺りを言ったと思われる)、霊仙洞とその背後の龜背橋。
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奥山半僧坊真殿と一、二本の大杉並びに七賢堂以外、全山と法界門の外まで類焼し尽くして仕舞った、明治14年4月1日の大火の前の、明治11年現在の状況を描いた絵の中の玄聖關。左端に描かれている谷川iに霊仙洞が在る。
上の絵の中の龍偃杉(リュウエンサン-龍が横たわる杉?-)とその手前の椎河(龍王)瀑布。此の杉は勿論の事、大火で消失。
哲学之道
総門(黒門)から三門を潜り、暫くすると参道が二手に分れ、左手が『表参道』こと『哲学之道』で、名付けたのは大井際断管長です。以下に其の要所、要所の写真を以下に示しました。
『哲学之道』入口付近。
鳥居を過ぎると暫くは渓谷沿ひの小道が続きます。
道沿ひに在る椎河龍王の御社石段下には焼失した龍堰杉の一部が現存します。
此の写真では一寸感じが出難ひのですが、一句付添へます。
滝の辺に 五月雨集めて 龍堰杉(りゅうえんさん) 孚
此れは方廣寺十景に掲げた龍堰杉の絵を参照戴いた方が宜しきかと。
哲学之道の終点近くの亀背橋の下を流れる谷川。
亀背橋の上から下を流れる谷川の上流を眺める。